2012年1月第3週 秋谷豊さんの墓参り 


きのう僕の家に仲間が集まって飲んだ。
そのうちのひとりが昨年父を亡くし、寺は北鴻巣だと聞き、詩人・秋谷豊さんの墓も北鴻巣あたりだったことを思い出した。


秋谷さんには尾崎喜八の縁でお会いしたことがあり、この[荒川ゆらり]を印刷して簡素にとじたものをお送りしたら、とても心のこもったていねいな手紙をいただいたことがある。
震えるような独特の文字で、わかってみれば有名な字だったが、知らずに受け取ったときはとても驚かされた。
秋谷豊さんからの手紙

できればゆっくり話をうかがってみたいと思っているうちに、2008年に亡くなられた。
(尾崎喜八の関係では、串田孫一さんにもいつか機会をみてと思っているうちに亡くなられた。)
秋谷さんの墓は近いのに行ってなかったことに思い当たり、光徳寺に行ってみた。
うちから自転車で15分ほどだった。

旧中山道を行って、ベルクの近くで細い道に入る。
本堂は小さく、墓地はさほどの広さはなく、全体が一望に見渡せる。取り囲む塀が低いから、周囲の畑や人家も見通せて、開放的な眺めが広がっている。
これなら探すのは簡単だろうと墓地に目をやると、いきなり「秋谷家墓地」が目に入る。思ったとおり簡単だったと思ったのだが、ところが隣にも秋谷家の墓がある。
歩きながら見て行くと、その隣も秋谷家、振り返ればそこにも秋谷家。
ほかの家のもあるが秋谷家が圧倒的多数派で、ざっと20基近い。
アリババの話で、盗賊にわからないようにどの家のドアにも目印をつけたという場面を思い出してしまった。

秋谷さんがどの墓に眠るかはわからなかったが、秋谷豊が建立したと記された墓は見つかった。およそこのあたりだろうと手を合わせる。 光徳寺にある秋谷家の墓


近くの勝願寺にも寄ってみた。
光徳寺は無住で、こちらで管理しているらしい。
枯れ草の原に囲まれている。
さらにその周囲は田畑に人家が点在している。
寺だけがこんもりとした小さな森になっている。
木々に囲まれた勝願寺

光徳寺より大きいが、やはり境内は静か。
瓦屋根に黄葉した葉が重なっている。
壊れかけた山門があり、そこに至る小道にも黄葉が散り敷いている。
はるばる遠くまで来たような、寂しい旅情に似た気分になる。

南に出ると荒川の河岸段丘の地形であることがわかる。
寺のあたりは高い。
南のほうは低い段になっていて、眺めが遠くまで開けている。
見えてはいないがその先に荒川が流れている予感がある。
昼過ぎてまもないのに、日がもうかなり低い位置にある。
武蔵野の野のおもかげがまわりじゅうに漂っている。

木々に囲まれた水源地 近くにもうひとつこんもりとした木の塊が見えて、近づいてみるとうっそうとした枝が洞窟のような小空間を作っていて、中央に小さな祠がまつられていた。
木の塊のすぐ脇に、フェンスに囲まれた施設があり、「鴻巣上水道 第十水源地」とある。

かつては水が湧く神聖で大事な特別な場所だったようだ。

うちからこんな近くに秋谷さんの墓があり、古くからの武蔵野の風情が漂う土地があることを知らずにいた。

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